「赤報隊事件」を追及し続ける記者

 31年前の1987年5月3日夜、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)に散弾銃を持った男が押し入り、編集室にいた記者に無言のまま発砲、2人の記者が殺傷された。「赤報隊」を名乗る犯行声明が報道機関に届いたが、犯人はとらえられず未解決のままだ。事件発生時から記者として犯人を追い続ける元朝日新聞の樋田毅記者(65)が今春、膨大な取材記録に基づいて『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)を出版した。新聞、雑誌の書評など広く取り上げられたので、知っている人が多いと思うが、著者の樋田記者に、本を書いた動機などについて話を聞く機会があったので、改めて事件のあらましを振り返り、樋田記者の思いの一端を記しておきたい。
 この事件は、表現・言論の自由が狙われた、わが国では前例のない出来事だった。阪神支局に犯人が侵入した夜、編集室にいた記者3人のうち、小尻知博記者(当時29)が死亡、犬飼兵衛記者(同42)が右手の小指と薬指を失う重症を負った(犬飼記者は今年1月20日死去した)。もう一人の記者は難を逃れた。
 阪神支局3階には、今も当時の現場資料や写真、捜査当局が押収した証拠品などが保存展示されている。襲われたときに座っていた血糊のついたソファはそのまま残されており、散弾の跡が生々しい。小尻記者が着ていたブルゾンは銃であいたこぶし大の穴。腹部のレントゲン写真には散弾銃の弾丸が多数体内に散っている状態が映し出されている。犬飼記者が胸ポケットに入れていたボールペンは「くの字」に曲がっている。
 事件は阪神支局にとどまらなかった。87年1月24日、東京本社の窓ガラスに散弾2発が撃ち込まれる▽同9月24日、名古屋本社の社員寮「新出来寮」の食堂のテレビに散弾銃が1発発射される(幸い無人だった)▽88年3月11日、静岡支局の駐車場にピース缶爆弾が仕掛けられる(不発のまま見つかった)。
 朝日新聞社以外にも、88年3月、竹下登、中曽根康弘両元首相に対する脅迫▽同8月、江副浩正・リクルート元会長宅襲撃▽90年5月、愛知韓国人会館放火、と広がった。約3年4カ月の間に起きた8件とも、「赤報隊」と名乗る犯行声明や脅迫状が新聞社や通信社に届いた。警察庁は、広域重要116号事件と同関連事件に指定して大がかりな捜査をしたが、2003年3月にすべての事件が公訴時効となった。
 樋田記者は、事件発生当初から取材チームに加わり、チーム解散後も取材を続け、定年後もフリー記者として真相の解明に努めている。樋田記者の「記者人生をかけた」取材姿勢には頭が下がる。1月27日テレビ放送された「NHKスペシャル未解決事件File.06 赤報隊事件」で樋田記者の役は草彅剛さんが演じた。草彅さんは本の帯に推薦文を寄せている。
 なぜ本書を書いたかについて樋田氏は①事件の『いとぐち』をつかみたい、②赤報隊メンバーが生きているのなら読んでほしい、③事件が未解決であることが日本社会に与えている影響を書きたかった、などの点を挙げている。そのうえで、限界ギリギリまで書こうと思ったとしている。
本書は4部で構成、第1部「凶行」の第2章で、事件の経過を詳しく述べているが、「事件をまったく知らない人に読んでもらうため」、この部分だけグレーの紙に変え、「物語仕立て」にしている。この中で、犯人グループを60歳代半ばの犯行声明を書いた指導者と30歳代半ばの実行犯の2人、としている。
 犯行声明文で「反日朝日は50年前の日本にかえれ」などと書き、戦前の日本社会に強い郷愁を感じている、と見立てたという。「犯人ならこうしたであろう、と想像しながら書き進めた」。
 第2部の第3章「新右翼とその周辺」では右翼の活動について詳述している。「赤報隊は反米、反共を主張する新右翼の可能性が高い」ためだ。捜査当局があげた犯行の可能性のある9人の右翼はじめ、樋田記者が会った右翼は全国の約300人に及ぶという。取材相手によっては、「防刃チョッキ」をつけて会ったという。右翼の世界の活動状況、思想などが分かり興味深い。
 第5章「ある新興宗教の影」では、韓国にルーツがある新興宗教団体とその政治団体についてかなり突っ込んで書いている。「一連の襲撃事件当時、霊感商法や国家秘密法などの報道を巡って朝日新聞と緊張関係にあった」からだ。同書では「α教会」「α連合」と表記している。
樋田記者によると、赤報隊の8通の犯行声明文や脅迫状の中に「反日」という文字が17か所も出てくる。こんなデータを示して、森友学園問題などで朝日新聞がスクープすると、ネットに「赤報隊に期待」といった書き込みが出てくる現在の社会状況を強く懸念している。「以前なら特殊な社会の人たちだけが発言することが、いまは普通の人や政治家がしゃべるようになっていることを実感する」とも話している。
 見逃せない1冊である。
七尾隆太(元朝日新聞編集委員)

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