② 東南アジアにISISの拠点?

マラウィ事件
 2017年5月23日、過激派組織ISISに忠誠を誓う武装勢力がフィリピン南部ミンダナオ島のマラウィ市を占拠した。事案の発生直後からドゥテルテ大統領はミンダナオに戒厳令を敷いた。爾来3ヶ月以上が経過している(17年8月)現在も、フィリピン軍と武装勢力とのにらみ合いが続いている。
 軍の空爆や爆撃による人口20万人のマラウィ市はゴーストタウンと化した。これまでに武装勢力側で300人以上、治安部隊80人以上、市民50人弱、計400人以上が死亡した。当局によると、いまだに100人以上の戦闘員が市街地の商業地区に立てこもり、100人以上の市民を人質にとっている。
マラウィを占拠している武装勢力の構成は特徴的である。ミンダナオの武装勢力といえば地元の反政府勢力が主体であったが、今回の事件では外国の武装の戦闘員が参加している。隣国インドネシアやマレーシアからの戦闘員だけではなく、イエメン、チェチェン出身者も含まれている。後者は、17年に入ってイラクやシリアで足場を失いつつあるISISの戦闘員で、 8000キロ以上も離れた東南アジアへ移動してきたことになる。この事実から、ISISが東南アジアへ進出してきているとの指摘もある。

東南アジアとISIS
 ISISは2013年にイラクとシリアで組織され、14年6月にはシリア北東部のラッカを「首都」とするカリフ「国家」の樹立を宣言した。ISISはイスラム法による統治と超領域的な国家建設を謳い、インターネットを介して宣伝した結果、世界各地で西洋の「普遍的価値」に不満を抱くイスラム勢力に支持された。東南アジア各地でも13年後半以降、それまではアルカイダやジェマ・イスラミヤとの共闘を謳っていたイスラム系過激派組織が堰を切ったようにISISへと鞍替えするようになった。インドネシアでは29のイスラム系過激派組織、フィリピンで16組織、マレーシアでも12組織と、東南アジア諸国で計60以上のイスラム系過激派組織がISISへの忠誠を誓うにいたった。
 東南アジアでISISの名が轟くようになったのは、16年1月インドネシア・ジャカルタでのテロ事件であった。その5ヶ月後の6月には、マレーシア・プチョンのナイトクラブで手榴弾テロ事件が発生した。このほかにもフィリピンでは無数のテロ未遂および失敗の事案がある。

ウイグル人テロ事案
 ジャカルタ事件後、インドネシア対テロ特殊部隊が実行した掃討作戦の結果、数名の外国人が拘束され、なかには銃撃戦の末に死亡した者もいた。この場合の外国人はウイグル人であり、スラウェシ島中部ポソのジャングルにて訓練を受けた戦闘員であったことが判明している。
 ウイグル人が関連したテロ事案は、15年8月にタイの首都バンコクで2回にわたって発生した爆弾テロ事件がある。事件の動機や背後関係はいまだに不明のままである。しかし、すでに長年にわたり中国当局の抑圧を嫌い、新疆ウイグル自治区から、タイ、マレーシアを経由してトルコへ逃れるウイグル人が後を絶たないことは自明の事実となっている。そのなかにはイラクやシリアでISISと合流し戦闘員としての訓練を受ける者もいる。
 とはいえ、ウイグル人は外国人戦闘員の主力であるとはいえない。むしろ近年の傾向として、東南アジア各地の過激派組織を渡り歩く戦闘員が増加している。

グローバルな戦闘員
 戦闘員はイスラムの名の下に殉教者となるべく、戦闘地を渡り歩く傾向がある。2012年以降、1000人を超える戦闘員とその家族がシリアやイラクへ渡航した。その大半は1980年代以降にアフガニスタンで戦闘員としての訓練を受け、東南アジアに戻ってからはフィリピン南部やインドネシアのポソやアンボンで武装組織に加担していた者であった。
 ところが、16年以降シリアやイラクでISISを取り巻く環境が悪化すると、戦闘員は新たな戦いの場を求めて東へと向かった。あるいは舞い戻ってきた。東南アジアではそうした戦闘員の受け皿となる、ISISに忠誠を誓う過激派組織があったからである。

ASG
 その中心の一つがフィリピンのアブ・サヤフ・グループ(ASG)である。ASGは1990年代初頭に、フィリピン南部でイスラム国家の建設を目指して設立された武装組織である。2000年代からは頻繁に身代金目的の誘拐事件をおこし、潤沢な資金があるとされている。
 ASGは14年7月にISISへの忠誠を公表した。15年後半からは、東南アジアでの「イスラム国」の建設をめざし、フィリピン、インドネシア、マレーシアから同調者を募る活動を積極的に展開してきた。先のマラウィでの事件はASG単独で起こしたのではなく、ミンダナオに拠点を置くマウテ・グループのようにASGからの呼びかけに呼応した武装集団が集結した一つの帰結であった。

東南アジアのISIS?
 とはいえ東南アジア各地でISISへの忠誠を誓う過激派組織は一筋縄ではない。それは過激派組織の資金源にも現れている。基本的には国内のイスラム系NPOを介した集金および個人からの寄付である。それに加えて、オーストラリア、香港、マレーシア、シンガポールなどを経由する海外の支援者・組織からの送金である。つまり、現実には過激派組織が東南アジアに点在しており、横のネットワークを構築しているわけではない。東南アジアのISISは存在しないが、その「名声」を利用する地元勢力が暗躍を試みているのが現状であるといえる。
山本 信人(メディア・コミュニケーション研究所・所長)

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