世論調査とジャーナリズム~第4回ミニゼミ報告

 2016年11月30日、2016年度第4回ミニゼミが慶應義塾大学三田キャンパスで開かれた。アメリカの大統領選挙や、日本の参議院選挙など、何かと選挙が話題となった2016年、今回は「世論調査とジャーナリズム」という新たなテーマをもとに議論が展開された。

議論は、それぞれの論点について、学生たちが事前に用意した発表を受けた形で始まった。 まず始めに、11月の米大統領選においてトランプ氏の当選を予想できなかった米メディアについての発表が行われた。ここでは、トランプ氏の当選を予測できなかったメディア側の問題として、トランプ氏を影ながら支持する「隠れトランプ」の意見を世論調査によって回収しきれなかったこと、そして新たなメディアとして台頭し始めたネットの存在を加味できなかったことが挙げられた。
メディアが抱える世論調査に関する課題は米国に限らず日本にも存在する。現在日本で主流となっているRDD調査は金銭的にも時間的にも、従来の郵送や面接調査より効率が良いため導入された。しかし基本的に固定電話を対象としているRDD調査では対象とできる年齢層が限られ、固定電話を持たない若い人の声が拾いにくいという課題がある。また、地域を指定できなかったり、調査対象の状況を把握できなかったりするため、拾いきれない人々の声がある、との指摘もなされた。
そこで、完璧とは言えない世論調査を補うためには、やはり記者が直接取材をする中で得た感覚、いわば「皮膚感覚」が重要になってくるという。世論調査も、現場では得られない数値的な尺度として参考になることは間違いない。しかしそれに頼りすぎることは記者が感じた現場の空気、生きた声を見逃すことにも繋がりうる。実際に何が起こっているのかを自分の足で調べ、感じることで見えてくる社会の姿があるだろう。これを考慮してこそ本当の選挙報道と言える。米大統領選ではこの点において、ジャーナリストの感覚の欠如が、予測を見誤る一因となったという。

次に、議論は日本の参院選の世論調査のケースへと移り、現存の世論調査法を用いて有権者の投票行動を予測することの限界についての話へと広がった。学生の事前発表でも指摘があったように、60%にも満たない有効回答率の信ぴょう性の不確実性に加え、固定電話離れで空いた穴をいかに補完できるか、という課題に対してはいまだ有効な解決策がない。そんな現状で、現在の世論調査が実際に民意を反映しているものなのかは甚だ疑問である。このように不完全なものである世論調査だが、取材をするだけでは捉えられない、裏に隠れた真実を明らかにする場合もある、と記者は言う。世論調査は実際の取材と補完しあって意味をなすということだ。

特に印象深かったのは、新聞社や放送機関のようなメディアが世論調査を行う意義について議論が及んだ時だ。全てのメディアが完全に公正中立な立場で世論調査を行っているとは考えづらい現状で、これまで通り新聞社や放送局が世論調査を行うことのジャーナリズム的意義とはそもそも何なのだろうか。ビッグデータを用いて、人々の行動を分析することが可能になった時代だ。先の米大統領選ではビッグデータ分析によってトランプ氏の当選を予測したというインドの会社すらあった。政治以外の場でも、既にAmazonやGoogleが、ビッグデータをマーケティング様式で私たちの生活に影響を与えている。善し悪しはともかく、このような新たな時代の予測方法を用いた会社が、新聞社に変わって世論調査をする可能性も将来的に十分ありえる。

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