2016初冬~ソウル旅行記

 11月14日午前、金浦空港に着く。韓国KBS・ラジオ国際放送の仕事を終えて帰国して以来、2年ぶりのソウルとなった。朴槿恵大統領の知人や側近が職権乱用などの罪で起訴された一連の事件をめぐり、朴大統領が辞意を表明するに至る混乱の最中での再訪ともなった。入国手続きを済ませると、韓国発国際報道の最前線で過ごした日々が少しずつ甦ってきた。そして、この2年の間に何が変わったのか。今何が起きているのか。好奇心が高まるのを覚えた。
国情は、街行く人々の表情、飲食店街、繁華街などの喧噪ぶりにも表れる。2泊3日の滞在中、可能な限り出かけてみたいと思った。
一時帰国や送迎の折、繰り返し利用した金浦空港。午前中は、羽田便の到着ラッシュが続く。観光客やビジネスマンでいつも大混雑だった。果たして、ロビーには観光客を待つ添乗員はいるが、家族や知人を待つ市民の姿が少なかった。「閑散」とした金浦の表情は、ソウル市内に向かう地下鉄・空港線でも同じだった。日中の地下鉄では、アジュンマと呼ばれる女性たちが大勢乗り合わせ、車内談義があちこちから聞こえてくるのが常だった。しかし、話し声が聞こえない。車内は若い男女がひたすらスマホを操作する光景が広がるだけ。笑顔もなく、静かすぎる車内は日本と見間違えるほどだった。乗客の表情は何かに怒っているかのようにも不満そうにも見えた。筆者の思い知るソウルはどこへ消えてしまったのだろうか。
宿泊はソウル中心のロッテホテルでの2連泊。玄関前広場は夕方、クリスマスイルミネーションが点灯し、華やかである。しかし、宿泊客は意外と少ない。航空運賃と5つ星ホテルの2泊代、すべてフリーの料金は合わせて3万円。その安さは、やはり昨今のホテル事情によるものと察した。正午過ぎにもかかわらず、チェックインは直ちに済ませることができた。
滞在中の食事は、かつて筆者が食べ歩いた選りすぐりの韓国グルメと決めていた。その日の昼食は旬のカンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)。その夜はパジョン(チジミ)とカルグクス(手打ちうどん)、翌朝はアワビ粥、夜はプルコギ。
そして最終日は朝と昼を兼ねたサムゲタン。どの店も予約が必要な人気店だ。昼食で予約した店に向かう途中、道に迷ってしまった。メモを見せながら「ヨギ エカゴ シプンデヨ(ここへ行きたいのですが)」と尋ねると、中年の男性会社員はスマホを取り出し「Address,please!」と英語で返してきた。結局15分にもわたり道案内をしてくれた。「カムサハムニダ!」と声をかけると、微笑みながら去っていった。小雨降る中、たどり着いた店のカンジャンケジャンとマッコリは格別だった。韓国人男性の優しさと韓国グルメの味はいささかも変わることはなかった。
しかし、何かが違う。すぐに客足の悪さに気付く。午後7時に予約した人気の店に空席がある。食事を終えても空席が残り、結局予約は必要なかった。午前10時に開店するサムゲタンの店では、かつては正午前には数十人が列を作る人気ぶりだった。食事を済ませた正午過ぎ、意外にも並ぶ客がいなかった。
繁華街はどうだろうか。ソウル一の明洞(ミョンドン)や工芸品・書画などのアートの街、仁寺洞(インサドン)にも出かけてみた。いずれも相変わらずの賑わいだが、こちらも2年前と比べてどこかが違う。美化を理由に規制が強化され、日中の露店が少なかったのはさておき、中国人観光客ばかりが目立つ。歓迎の垂れ幕や案内表示は日本語から中国語に替わっていた。明洞に近いロッテデパートは9階から12階が免税品売り場で、どの階も中国人でごった返している。店内には中国語の通訳が立ち、日本人は相手にされていないようにも見える。ソウルはこの2年ですっかり変わっていた。
筆者がKBSに着任したのは2012年9月。その直前、李明博前大統領が竹島(韓国でいう独島)に上陸、さらに天皇陛下に対する謝罪を要求し、日韓関係はぎくしゃくし始める。悪化する一方のKBS時代にあっても、筆者は日常生活で「嫌な思い」を感じたことが一度もなかった。これを根本から覆す出来事が2年ぶり2泊3日のソウル滞在中、まさか2度もこの身に降りかかるとは考えもつかなかった。

ソウルを訪れたのは14日。朴槿恵大統領の辞任を求める3度目の集会から2日後だった。ソウル市庁前から光化門前広場にかけて26万人が集まり、「朴槿恵 辞任」と一斉に叫ぶ集会は民主化以降最大級の規模だったという。筆者が最も関心を寄せたのは、その規模とともに中高生や大学生などの若者が全国各地から大勢参加したとのニュースだった。あすの韓国を担う若者たちが今何を考えているのか。悪化したままの日韓関係をどう修復するのかという脈絡でも大いに気になっていたからである。そんな思いを胸に街へ出ることにした。
宿泊先のロッテホテルは、日本のロッテの傘下にある日系企業である。日本の政府や企業、観光客にもずっと親しまれてきた。日本語が通じる若いスタッフも多い。そんな気軽さから、玄関前の若い女性案内係に、タクシーでの所要時間を日本語で尋ねた。すると、女性は目もくれず、英語で「Ten minutes!」と発しだけで明らかさまに顔を背けた。
こんな目にもあった。予約済みのプルコギの店に着くと、準備された席にすぐ案内された。若い女性は一人4500円の焼肉を紹介するメニューを開きながら注文を促した。一人1500円のプルコギが目当ての筆者は、「アンニョム プルコギ ハゴ マッコリ ハンビョン チュセヨ」と注文。すると、女性は顔色を突然変えて態度を荒げた。「韓牛」と呼ばれる超高級焼肉の注文を期待していたのか、準備した食器をプルコギ用に替える際、これ見よがしに鍋や器で大きな音を立てる。ナプキンを投げつける。顔は眉毛を吊り上げふくれっつらのまま一言も発しない。かつて訪ねた折には、キムチのお替りにはすぐ応じ、出来上がる寸前のプルコギを鋏で食べやすく切ってくれるサービスまであった店なのに…。昨今の爆買いで知られる人たちと比較してか、「日本人はケチ!」などと聞こえてきそうな雲行きだった。
食べ物の恨みは恐ろしい。あと味の悪い「嫌な思い」が今も尾を引く。冷静に考えると、女性の「反日的?」な対応にも、朴大統領の辞任を求めて集会に参加する若者の意識にも何か通じるものがあるように思えてきた。

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