調査報道が落ちた罠~ 映画「ニュースの真相」~第三回綱町三田会ミニゼミ報告

「調査報道の失敗事例から考察するジャーナリズム~映画『ニュースの真相』を軸に~」のテーマで2016年9月28日、今年度第3回ミニゼミが、慶應義塾大学三田キャンパスで開かれた。映画『ニュースの真相』を鑑賞し、それを踏まえ、調査報道の在り方を中心に、研究所の担当教授と現役学生が、ジャーナリストと共に議論を交わした。今回は調査報道を扱ってから第3回目であり、これが最後の回、いわば集大成となる。いつに増して熱い議論が交わされた。

まず、冒頭に日本の調査報道の失敗例と、比較対象としてのアメリカの調査報道の失敗事例を学生が発表した。その際、調査報道の定義がやはり曖昧だとして、でっちあげと発表報道、キャンペーン報道との違いを認識する必要があった。調査報道の真骨頂は隠されたものを暴くというところにある。それは権力との対峙という、でっちあげなどとは異次元の恐ろしさを持つものだ。

それを踏まえて、次に、映画『ニュースの真相』にみる調査報道の在り方を考えた。この映画は、ブッシュの軍歴詐称事件におけるCBSの調査報道の仕方に問題があるとしている。具体的に言うと、証拠とするメモの信憑性をあまり疑わなかったこと、専門家に鑑定を依頼しなかったこと、情報源をしっかり調べなかったこと、上司がしっかりとメモを検証しなかったこと、軍の関係者からの見解を求めなかったことが挙げられる。しかし、これらだけでは極めて表面的な見解なのではないだろうか。なぜなら、このような状態に追い込まれた理由や、なぜ調査報道の失敗は起こるのかという背景を一般化できていないからだ。

先程、調査報道の失敗は、権力との対峙の結果、つまり外からの圧力によってのみ起こるとした。しかし、今回のミニゼミを通じてそれだけではないことに気付いた。それは内なるものが原因となって引き起こされるものもあるのではないかということだ。他社よりも速く特ダネをスクープしたいという焦りや功名心、積み上げたキャリアによる自己と周りの人達からの過度な信頼、油断も失敗要因になっていると思う。

権力はどこで罠を仕掛けているかわからない。この内なる要因が引き金となって、調査報道をして真相解明をしているつもりが、トラップが仕掛けられていることに気付かず、自ら墓穴を掘り、相手の思惑にどっぷりと浸かるという状況を生んでいるともいえるだろう。これはあまりにも調査報道の皮肉な現実である。実際、映画の中のCBSは真相を追っているつもりが、権力に追われているのだ。

このように調査報道における権力はあまりにも手ごわい。だからこそ、その権力と対峙する術をジャーナリストは身につけておく必要がある。その内なる要因を克服するために具体的にどのようにすればよいのだろうという議論に移った。学生が苦悶の表情を浮かべる中、あるジャーナリストが口を開いた。「常に相手がなぜその情報を開示しているのかを考える。美味しい話にはどこか裏があると疑う習慣を作る」ということだそうだ。

権力はどこでどのような形で牙をむくかわからない。だからこそ自らの意思であらゆる局面において脇を固める必要があるのだ。そのように見てみると、ジャーナリズムの世界においてキャリアはある意味関係ないのかもしれない。入社1年目でこの事を心得ている人もいれば、20、30年のキャリアを積み重ねてもできていない人もいる。つまり、個々人の人間力次第なのである。

次に、調査報道の失敗事例の特徴を考える上で、西山事件をめぐって盛り上がった。この事件は記者の取材の仕方に不正(情報提供者との情緒的交わり)があったこと、鉄則である取材源の秘匿が守られなかった事例として糾弾されたものだ。このように真相解明に至るまでの取材の仕方の是非に固執するあまり、実際の真相追及までの動きに至らないという現実がある。先の映画の例でも、物的証拠の真偽に固執するあまり、真相解明まで追及していない現実を主人公のメアリーは訴えていた。権力はあらゆる方法を駆使し、争点を曖昧にし、世論をうまく味方につける。この権力の目に見えない増強の仕方を前に調査報道が尻込みされる現状がある。また、このことから調査報道の成功と取材源の秘匿は表裏一体であるともいえるだろう。

最後に、執筆させていただいた個人の意見を述べてこのリポートを終えたい。「調査報道は学生1人からでもできる」と言われたが、あまりにも自分とはかけ離れたものだと今まで思ってきた。しかし、そこには私の知る人間のおごりや油断、外部からの思惑・圧力、学力だけに限らず人間力がものをいう世界、それらと葛藤し右往左往する日常の人間の姿そのものがあった。葛藤と共に生きる姿、それは私に当事者意識を芽生えさせた。その意識によってこの世界を心から知りたいと駆り立てられる自分の姿に思わずはっとさせられたのだった。

このように、調査報道の失敗事例から、調査報道の難しさを考えることができた。今回がこのテーマでの3回目のミニゼミということもあって、集大成の場としてふさわしい、表面的な議論ではなく、一般化という高い段階まで深められたのが大きな収穫であった。

次回からは違うテーマでミニゼミを行う予定だ。11月30日(水)を予定している。
下村恵梨子(慶應義塾大学 文学部社会学専攻2年)

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